DSC_1098.JPG

いま、大学生として生きている。

そこに大きな疑問を抱いてきたことはあっただろうか。

大学に行って、授業を受けて、友達とご飯を食べて、アルバイトをして。

気付いたらスーツを来て自分の長所を聞かれていた。

わたしって一体誰なんだろう。

わたし、本当にやりたいことができているのかな。

 

進むために、立ち止まれたらいいのに。



SOKOAGE CAMPのメインファシリテーターの1人、斉藤祐輔。

底上げのスタッフであり、旅人であり、若者の伴走者である。

そんな彼に、なぜか自身の思いを話す大学生が多い。しかも涙ながらに。

「ゆっくりすすめ」と大学生に語りかける彼は一体何者なのであろうか。

また今回も、高橋愛満がSOKOAGE CAMPの魅力を知るべく、彼に問をなげかけます。

(江川Ver.はこちら!➡ 

 

「生きる喜び」を考える機会を大学生にも。

僕たち底上げは2011年の震災以降、東北の気仙沼・南三陸地域の高校生を対象に活動してきました。高校生に「何をやりたいのか、どうなりたいのか」と問いかけ、それを地域の資源や課題と結びつけて行動に移すサポートをする活動をしてきました。その過程で、絶対こちらがやらせることはしません。高校生が起こした行動が地域にとってどういう良い影響があったかというよりも、関わってくれた高校生がどういう感情になったか、何が得られたかを一番の視点にしているからです。

活動を続ける中で、この過程は高校生に限らず大学生や世代を超えて大切なことだと思うようになりました。2011年の東日本大震災以降、多くのボランティアが東北で活動する中で、自分の居場所を見つけ人生を探究するために休学して気仙沼に来る若者が出てくるなど、被災地という場所やそこに住む人との出会いが良い方向に作用している感触があったからです。

大学生は進路を決めるにあたり学生生活というある程度フレームのあるところから発つタイミングです。その一方で自分がどうありたいか、なにをやりたいかを見定めずになんとなく就活が始まり就職をするパターンが多いなと感じていました。そこから、僕らが持っている高校生に向き合ってきたノウハウを活かして「生きる喜び」を考えることを大学生にもやりたいと考え、形になったものがSOKOAGE CAMPです。これまでに去年の夏に0期、冬に1期、2期を実施しました。

 
 
DSC_0700.JPG

東北に移ってきたら、ひとが「豊かだな」と思ったんだよね。どうやって生きるか、どうあるかがすごい大事。

―――ゆっけさん自身はどのような思いをもってSOKOAGE CAMPをつくっていますか

僕の興味として「豊かに生きる人がどう増えるか」というテーマがあります。僕の問題意識は満員電車と自殺者から始まっています。僕が東京に住んでいたころ、満員電車に乗る人たちがみんな下を向いていました。飛び込みがあったとしても飛び込んだ人の安否を確認する人なんて誰もおらず、自分の仕事に遅れることに気が立っていました。そして仕事帰りには上司の愚痴を言いながらお酒を飲んで家路につく。そんな状況を見て、「本当に幸せじゃないな、この電車は。どうにかならないかな。」と思いながら生きていました。2011年、東日本大震災があって東北に移ってきた時、電気もなければ食料もお金や家もないのに、人に感謝をしている人や「生きててよかったね」ってハグをしている人を見て、「豊かだな」と思ったんです。僕はそれが何かを知りたくて。いろいろ考えた結果、何をやっているかやどんなものを所有しているかよりも、どう生きるか、どうあるかがすごい大事だという結論に辿り着きました。

震災直後の混乱した状態は常にはないわけだから、日常の中で僕自身が豊かであるためには何が必要か、どうあるかを追求すると、「自分のやりたいことをしているか」とか、「他者との違いを認めあえているか」、「生活の中に少しの自然があるか」という要素が当てはまるのかなと。そして僕が豊かに生きているなと思っている人も同じようなことを大切にしていることに気づきました。そこから、そういうものを育めるような環境や感じられるような暮らしを人生で作っていきたいと思うようになりました。これは、底上げを通して気仙沼の高校生と関わっている僕の根本的な動機でもあります。そしてその延長線上として、大学生に向けたSOKOAGE CAMPも一つのフィールドになるのではないか、と思って始動しました。


日常から一歩外に出て違うところに行く、違う人に会う経験は価値である。

―――これまで3回実施してみて、どのような感触がありましたか。

 参加者の満足度は総じて高いです。そこには大きく3つの要素があるのではないかと思っています。1つめは時間と場所としての要素。1週間自分のことだけを考える、その時間にまず価値があると思います。2つめは自分のためだけに時間を作って聞いてくれ、聞いた上でフィードバックをくれる他者がいる環境。そこには高校生と向き合ってきたノウハウを存分に活用していることや、そもそも底上げのスタッフのバックグラウンドやキャラクターも多様であるため、どんな人にもフィットできるという魅力が詰まっています。3つめは居場所。キャンプの参加者の声から知ったことなのですが、意外とみんな居場所と感じられるところがないのです。その点キャンプでつくられるコミュニティーが、自分の帰ってこられる「素の自分でいていい」と思える居場所になっています。

―――「豊かさとは何か」「豊かに生きる人がどう増えるか」のヒントとなる経験はなにかありましたか?

この問いは僕の人生そのものから得た学びでもあります。僕の場合は人生グラフを書くとわかり易いですが、幸福度が高いときは必ず僕のwill(意志)がある状態です。逆に落ちているときは他者のせいや社会、学校のせいにして自分のやりたいことをやっていない時や、そもそもそこに向き合っていない時。つまりは、ちゃんと自分と向き合っているか、自分の軸や尺度を持って行動を取捨選択できているかは人生を豊かにしているポイントだと思っています。

僕にとっては旅に出た経験がこの視点を得るまでに大きく影響しています。全く自分の知らない世界に行ったことによって、自分が何もできないという経験もするし、自分とは真逆の価値観とか、そもそもの社会が日本と真逆だったりして、持っている視点そのものが違うということに気づかされました。そこで、どれだけ多様な人や社会、世界と交流があるかということは、自分が知らないことを得るためにはすごい重要なんだということに気づきました。だから、日常から一歩外に出て違うところに行く、違う人に会う、という経験を得られるようにキャンプの土台の部分を作っています。

DSC_0381.JPG

P1020546.JPG

ゆっくり すすめ。

 

―――一歩を踏み出すかを迷っているいる人に向けて、一言お願いします。

キャンプでよく使うフレーズに、「ゆっくりすすめ」という言葉があります。さっきも言った通りキャンプは、僕の人生の中でいいところがあった一方で落ちていたところがあったからこそ生み出されているものです。

例えば、高校の時僕は学校が大嫌いでした。でもその原因は高校が悪いわけではなく、僕が「こういう高校だからなんにもできないんだ」とか「勉強勉強って詰め込まなくてはならない社会がいけないんだ」とか、自分が全く動いていなかったからだと思っています。

一方で、東日本大震災直後に東北に入った時には、目の前には瓦礫の山があって、困っている人や泣いている人が周りに大勢いる中で、僕にできることは本当に海の中に石を投げるようなものでした。目の前の瓦礫をとったところで全然波紋が広がっている感覚もなく、どうにもならない、無力感が強くありました。ただ高校の時と違ったのは、少なくとも自分のできることをやっていたことです。

自分が選択した一つの小さな行動が将来自分にとってどういう変化になるか当時はわからなかったけど、とにかく必要だと思ったことを信じ切って進めたかどうかは、僕にとって今非常に大きな変化になっています。当時は進んでいる感覚なんて全くなかったけど、それがつまりはゆっくり進めということだと思います。

変わりたい、何かしたいと思った時に、いきなり翌日起きたらスーパーマンになっているということはなくて。人間ができることは小さなことだけど、その小さなことを積み重ねることでしか変化は生まれません。その小さな1歩が例えばキャンプに来ることかもしれないし、本当に目の前の小さなことかもしれない。けどその一歩をいかに逃すことなく自分の心と向き合って行動に繋げられるかで、歩き続けた先に大きな差ができている。そういう経験をSOKOAGECAMPとその先の人生でつかんでもらえたらいいなと思っています。

 

江川沙織Ver.はこちら!➡